『Principia』Harapan Ong(訳:星野泰佑)

シンガポール在住の物理学教師にして、SNSで絶大な人気を誇るマジシャン、ハラパン・オンの大作。カード・マジックが50以上、“説明できないトリック”に関するエッセイなどが数本掲載されている。タイトルはもちろんニュートンの著書に由来しており、各章のタイトルは光学や流体力学、トリックの解説部分は概要、序論、手法……といったように論文風に構成されていて、全体的に学術書をイメージしたものとなっている。

本書の特徴の1つは、やはりその構成で、決まったフォーマットに則って書かれているため非常に読みやすいという点だ。例えば冒頭の概要を読めば、現象についてのみならず、どのような手法を使うのか、今後の課題はなにか、といったことが把握できる。これは読み返す際や、気になるトリックを探す際に大変ありがたい。あくまで本書が論文風というコンセプトであったからこそ、このような形式になっているわけだが、自作のトリックを整理したり、レパートリーを管理したりするときにも応用が利きそうだ。

また、“結論”の項で改善の余地について言及している点も珍しい。「ここがイマイチ」と書かれていると、「じゃあ、どうしようか」とついつい改善案を考えてしまいたくなる。自分のトリックについて驕ることも卑屈になることもなく冷静に分析する姿勢に好感が持てた。

トリックについて。

“Michalevator” 4枚のK+3枚の数札だけで行うエレベーターカード。操作がシンプル、オチもあり、完成度の高い一作。

“Three Degrees of Separation” クラブのA~3を表向きでデックに挟むと、この3枚がデック中に分散し、そのバリュー分だけ離れた位置に3人の観客のカードがそれぞれある、というもの。分散の手続きおよび、観客のカードからバリュー分だけ離れた位置にコントロールする手法が実に見事で、ストレスが少ないのが良い。

“Sandwich-ception” Sandwich within a sandwichプロットと称される、サンドイッチされたカードがさらに別のカードをサンドイッチし、それが更に別のカードを……となる現象。ギミックの作成が面倒だったり、がっつりとセットをしたりしなければならないのが難点だが、見た目はかなり面白い。

“Three Chances” サンドイッチ現象により観客のカードが挟まれて見つかるが、そのカードを除いても再び観客のカードがサンドイッチされて出てくる。イロジカルな部分があったり、現象前のセット・現象後の処理などに不安はあるが、スムーズなハンドリングと明確なサンドイッチ現象によるインパクトはかなり大きい。

“Daley Express” ビジュアルな入れ替わりが特徴のラスト・トリック。ただ、本人も書いている通り、効果に見合った対価かと言われると難しいところ。次の著書『The Four Treasures』ではプロットを変えて再登場しており、そちらの方が良い。

Throwaway Tricks カスタム・デックに附属しているが大抵捨て置かれてしまっているギャフ・カードを使って、パケット・トリックを作ろうのコーナー。こういったコンセプトはかなり好み。3種類のトリックが紹介されており、ギャフ・カードを使うだけあって、どれも現象が非常にはっきりしている。ただ、1つ目の手順の最後に使われている技法については、人前ではかなり厳しいと思われる。“分析と考察”の項にある通り、別ハンドリングに置き換えた方が安全。

“World's Smallest Colour Change” ピポ・ビジャヌエバの技法を用いたカラー・チェンジ。難しいように見えるが、やってみると一発で成功してしまったりして、思わず「オゥフw ホントに変わったwww」と声が漏れてしまう。やっていて楽しいトリックである。

 エッセイについて。

“説明できないトリック”やトリックの作り方などについて、生物学などの話を絡めたりしながら綴られている。説明の切り口としては面白いが、主張や結論自体はそこまで目新しい感じのものではなかった。最初にあるエッセイ“Thinking Like a Physicist”内で語られる”美しいマジックの3つの基準”は、もちろんこれだけで素晴らしいマジックであるか否かを判断できるものではないものの、要点は押さえられていると感じた。

 

通常のカード・トリックに加え、ギャフ・カードを使うもの、工作するもの、ギャグなどバラエティに富んだ一冊である。ただ、工作ものはトリックとしての成立が怪しかったり、ギャグは日本では通じづらかったりするものが多かったりする。アイデアは面白いので「これをどうやって活かそうか」と考えるのもいい。通常のカード・トリックやギャフ・カード使用のトリックのパートは難易度の高い技法が少なく手堅い手順が揃っており、習得しやすい。セットがややこしいもの(特にデック内で予め表向きにしておくタイプ)も少なくないが、その分ハンドリングや現象がすっきりしているため、覚えておけば強力な武器になる。演じる人をあまり選ばない、多くのマジシャンに合う作品集だ。

『Principia』(Harapan Ong, Vanishing Inc., 2018)(日本語版:星野泰佑[訳]、移山舎、2021)